米ファイザーやモデルナ社が開発中の新型コロナウイルス感染症のワクチンが世界中で注目を浴びている。その理由は明白で、その有効率が90%超と驚くほど高いからだ。これらワクチンは本当にすごいのか。今後の課題は何か。また、こうした海外勢に比べ、日本のワクチンメーカーはなぜ、大きく見劣りしてしまうのか、その構造的な問題を踏まえて解説する。(ナビタスクリニック理事長、医師 久住英二)
米ファイザーとモデルナ社のワクチン
約95%の驚くべき有効率
11月18日、米ファイザー社は、4万人が参加した新型コロナワクチンの後期臨床試験(第III相)で、95%の予防効果が得られたと最終解析結果を公表した。感染者170人中、接種を受けていた人が8人のみ。
重症化10人のうち9人はプラセボ(偽薬)群であり、発病しても重症化も防ぎうるとの内容で、大きな話題を呼んだ。
米モデルナ社も、11月16日に、第III相試験での有効率が94.5%だったとの中間解析の結果を発表している。米国の3万人が参加した試験で、半数のみがワクチンを、残る半数は偽薬(有効成分を含まない「偽の薬」で、今回は生理食塩水)を、それぞれ2回接種された。新型コロナの症状が出た95人を調べたところ、90人は偽薬を接種された人たちであり、重症も11人に上ったという。ワクチン接種を受けたのは5人のみ、しかも重症ゼロだった。
両社のワクチンが世界的に注目を集めているのは、一つには、世界で初めて「メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン」が広く実用化されることになるからだ。
mRNAワクチンとは、ウイルスの「目印」となる抗原たんぱく質(スパイク・タンパク質)の設計図であるmRNAを封入したワクチンだ。接種後、細胞の中でmRNAの示す抗原たんぱく質が作られ、それに対し免疫が発動する。抗体を作らせるだけでなく、細胞性免疫であるT細胞(白血球の一種)などによる攻撃を誘導することが期待される。
不活化ワクチンは、ウイルスを鶏卵など生きた細胞で増やしてから不活化してウイルスをバラバラにし、抗原たんぱく質を集めて精製したものだ。弱毒生ワクチンでは、実際に生きたウイルスが入っており、ウイルスが接種されたヒトの細胞に入り込んで、ウイルス由来のmRNAがヒトの細胞にウイルスを作るのに必要なたんぱく質を作らせる。
当初、米国CDC(アメリカ疾病予防管理センター)のファウチ所長は、「ワクチンの予防効果が50%に達しなければ承認しない」と発言した。これにより、ワクチンの効果の見込みは、50%程度という相場観が形成された。
毎年の季節インフルエンザワクチンの有効率が50~60%であることを考えれば、納得のいく数字であった。予想は良い方向に外れた。複数のワクチンが90%を超える有効率を叩きだしたことは、驚きである。
驚きの『ワープスピード』での
ワクチン開発
モデルナ社とファイザー社の新型コロナワクチンに世界が注目した理由は、有効性のほかにもう一つある。その驚異的な開発スピードだ。
通常、ワクチンの開発には数年を要し、候補にまでこぎつけても「10分の1」しか認可が下りないとされる。
新型コロナウイルスは、中国・武漢で昨年12月上旬に発生し、流行が世界に広がったのは今年に入ってから。両社ともわずか10カ月ほどで第III相試験の結果公表にまで至り、ファイザー社は米食品医薬品局(FDA)に対する緊急使用許可申請の準備を進めているという。
このスピード感は、製薬会社を擁する富裕な国々自身が、新型コロナウイルスの脅威にさらされた結果にほかならない。
皮肉なことに、米国だけで1000万人超、欧州で1400万人超という、製薬企業お膝元での大流行が、第III相試験を実現させた。第III相試験は大がかりだ。万単位の人々に本物のワクチンと偽薬を無作為に接種し、数カ月間追跡して発症率の差を検証しなければならない。
中国では感染を抑え込むことに成功した半面、大規模試験によるワクチンの効果の評価ができない。中国のワクチンメーカーは、ブラジルやUAEなどで臨床試験を実施している。
そもそも開発途上国のみで流行していたら、こうは行かないはずだ。
例えば、エボラウイルス感染症はアフリカ奥地で1970年代には見つかっていたが、ワクチンや治療薬の実現には40年かかっている。本格的にワクチンの開発が進んだのは、2014年頃のこと。アフリカ人口最大の都市であるナイジェリア・ボゴタが流行地となり、米国にも飛び火する恐れが出てきたためだ。
こうした感染症は「Neglected tropical diseases」(顧みられない熱帯病)と呼ばれている。欧米社会にとって脅威でない病気は、ワクチンや薬の開発が進まない。大口の買い手が付かないからだ。毒蛇に対する治療は、いまだに血清に頼っている。
以下、新型コロナワクチンを中心に、ワクチンの安全性と、米国と日本のワクチン産業の明暗について解説する。
打つべきか?
その「真価」は市販後にしか分からない
日本はモデルナ社から来年1~6月中に2000万人分(契約は2500万人分)、ファイザー社から6月までに6000万人分、新型コロナワクチンの供給を受けることになっている。
なんとか入手できそうだとなると、今度は安全性が気になってくるものだ。
ワクチンの安全性は、承認されるまでに、3段階の臨床試験を経て確認される。ただ、第III相試験でも対象者は数万人でしかなく、実用化され発売されれば何千万、何億人に接種が行われる。なので、市販後調査(第Ⅳ相試験)こそ重要だ。臨床試験の規模では表れなかった未知の副作用が見つかることもある。
米国では1976年、インフルエンザの予防接種キャンペーンが敷かれた結果、ギランバレー症候群(免疫異常による神経系の病気)が100万接種あたり10例の頻度で発生した。今回の新型コロナワクチンも、政府の積極的勧奨に際し、安全性について疑問視する声は少なくない。もちろん、拙速な開発や安全性試験の軽視は、厳に慎むべきだ。
その点、冒頭の2社の新型コロナワクチンに関していえば、臨床試験は通常の手順を踏んで実施され、第III相試験終了後も2カ月間の観察期間を置くこととなっている。その後のワクチン製造も、「Good Manufacturing Practice」(医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準、GMP)に則り、正しく製造される。
GMPは、料理に例えれば、素材の産地や収穫時期から皮のむき方、加熱の温度・時間、調味料の量とタイミングまで、全工程を正確にレシピ化し、それに基づいて調理するようなものだ。であれば、臨床試験で観察されなかったような、極めて稀(まれ)な副反応が起きる確率は低い(※筆者注:かつて日本で起きたワクチン訴訟では、当局に申請したのと異なる製造過程で、副反応を多く起こし、問題視された例がある。ただし、GMPはあくまでも医薬品の製造工程上の品質基準なので、医薬品自体に問題があれば、副反応は避けられないが…)。
以上を踏まえ、ワクチンの接種は多岐にわたるリスクを比較考量して判断するしかない。例えば、下記のようなリスクだ。
◎ワクチンの安全性が最終的に確認される数年後まで待つ間に感染するリスク
◎ワクチンの未知の副反応リスク
◎社会全体の接種率が上がらない場合に、感染症がコントロールできず、経済活動が低迷するリスク
◎その場合、自粛生活や経済悪化から、ストレス、運動不足などが蓄積し、健康を害するリスク
厳密にはモデルナ社とファイザー社、両ワクチンの正式な審査結果を待たねばならないが、伝え聞く情報から判断するならば、あくまでも「現時点」では、両社のワクチンは安全性には大きな問題がないようにみえる。世界的な流行状況と、このところの国内感染拡大を考えれば、「接種の忌避」は賢明とは思えない。
効果の持続性については、それこそ「市販後」(販売・実用化の後)にしか明らかにならない。
通常の不活化ワクチンでは、初期に2回、半年から1年後にブースター効果を狙って3回目の接種をするのが通常である。今回の新型コロナに対するワクチンも、接種後、定期的に抗体価や、ワクチン接種したのに感染する人が増加しないかモニタリングし、場合によっては「ブースター接種」(追加免疫のための接種)を実施することになろう。
国内の製薬会社、製薬ベンチャーが
圧倒的に不利な理由
日本ではバイオベンチャーのアンジェスが、DNAワクチンを開発中だ。DNAワクチンはmRNAワクチンの仲間(核酸ワクチン)だが、mRNAワクチンでは抗原タンパク質の設計図の“鋳型”を接種するのに対し、DNAワクチンではその「原型」を接種する。そのため、まず細胞の核内でmRNAに転写される必要があるが、抗体だけでなくT細胞などによる攻撃誘導が期待できるのは同じだ。
現在、第I・II相試験(初期と中期の臨床試験)を終了し、今後カナダで第III相臨床試験(後期の臨床試験)の予定だという。
他には、田辺三菱製薬が、子会社メディカゴ社(カナダ)に、新型コロナウイルスワクチンを開発させている。こちらはVLPワクチンといって、ウイルスと似た構造の植物由来の粒子(ウイルス様粒子、VLP)を接種することで、体内に抗体を作らせるものだ。
北米で第II相試験に入っており、12月中には第III相試験に入る予定と発表されている。
だが、彼らは先行するモデルナ社やファイザー社に比べれば、圧倒的に出遅れている。
ワクチン開発は、時間との戦いだ。先行するワクチンの接種率が高まり、感染症が収束に向かえば、臨床試験の遂行は難しくなる。
これがほかの薬、例えば高血圧や糖尿病の薬なら、ある薬の臨床試験に協力しても、その後に一定期間を置けば、別の薬の試験にも協力できる。一人のボランティアが複数の薬の開発に協力できるのだ。ワクチンでは、そうはいかない。
一度でも臨床試験に協力して実薬(偽薬でない)の接種を受けた人は、同じ感染症のワクチンの試験には参加できない。ワクチンで得た免疫は、その後も長く持続するからだ。
しかも参入が遅れるほど、臨床試験のコストも割高になる。ワクチン接種が欧米で順調に進んで感染者が減り始めたら、ワクチンの行き届いていない国で実施するしかないからだ。臨床試験のインフラが整っていない貧しい国で、一から試験体制を整えなければならない。コストは価格に反映されるか、企業がのみ込むしかなく、やはり不利だ。
加えて、国内メーカーには別の不安要素もある。
日本のワクチンメーカーは、国内製薬会社で最大手の武田薬品工業を除き、第III相試験を満足に実施したことがない。つまり、国内ワクチンの第III相試験では、「疾患の発生頻度が非常に低い場合」などは「抗体価」の上昇をクリア基準(エンドポイント)とすることが認められているが、これは海外では第II相試験に相当する。数百人程度の被験者にワクチンを接種し、2~4週間後に採血するだけなので、短時間かつ安価に実施できる。「抗体価が上昇するのだから、感染を防げるはず」という前提だが、実際どの程度の発病予防効果があるのかは分からない。
これでは国際競争力どころの話ではない。かつて世界有数とも言われた日本のワクチン産業は、今や見る影もない。
日本発ワクチンが
商機を逃した必然
日本は、欧米に比べて流行の始まりが早かった。単純に考えて、ワクチン開発に早めに着手すれば、世界に向け日本発のワクチンを実現できたかもしれない。
だが現実には、一部国内メーカーの奮闘を尻目に、欧米の製薬会社の大口顧客とならざるを得ない状況だ。ピンチをチャンスにできたはずが、その機会を逸してしまった。それどころか、かねて問題視されてきた医薬品や医療機器の大幅な輸入超過を、いっそう悪化させることとなった。
何がいけなかったのか?そうした疑問も、これまでの経緯を振り返れば必然でしかない。
国内メーカーは、長らく開発競争から保護されてきた。いわゆる「護送船団方式」である。厚生労働省は、既存のワクチンメーカーに補助金を出し開発させる一方で、海外製のワクチンの承認には積極的ではなかった。顕著な例は、防げたはずの生ワクチン由来ポリオの発生だ。世界的には2000年から不活化ワクチンが標準化されていたが、日本は国産にこだわった結果、2012年9月の不活化ワクチン定期接種化までに麻痺(まひ)患者が多数生じた。
また、2009年の新型インフルエンザ流行時には、国内のバイオベンチャーが新しいワクチン製造技術を米国から輸入し、生産体制を整えた。人体に影響のないウイルスに標的遺伝子情報を組み込み、鶏卵でなく昆虫細胞でウイルスを増やすもので、短期間に大量のワクチンが製造可能となる。
この技術は米国FDAはじめ海外では当局の承認を得て実用化された。このワクチンは、50歳以上を対象とした9000例規模の臨床試験で、インフルエンザの発症が鶏卵を使った不活化ワクチンに比べ40%以上少ないという効果が示されていた。一方、国内ではPMDA(医薬品医療機器総合機構)による審査が延々と引き延ばされ、ついに実用化は頓挫した。
こうした「護送船団方式」は、結局は国内メーカーを弱体化させた。日本はワクチン後進国でありこそすれ、世界へのワクチン供給国としての国際競争力は皆無だ。
この事態にようやく危機感を持った厚生労働省は2016年、「ワクチンは国家安全保障と公衆衛生の根幹にかかわるものであるから、国内ワクチンメーカーは、これまでの護送船団方式から脱却し、新規ワクチンの研究開発力や国際競争力を十分に持つ規模・形態・組織能力を確保することが必要である」と、突然の方向転換を表明した。だが実質的には何も変わらぬまま、今日の新型コロナウイルス・パンデミックを迎えることとなった。
曖昧な副反応要件と
半端な無過失補償
再び、ワクチンの安全性に関する話をしたい。
残念ながら、事実として100%安全なワクチンは存在しない。一方で、社会を感染症から守るためには、多くの人がワクチン接種を受ける必要がある。その分、ワクチン接種により体調を崩した人は、社会が責任をもって救済しなければならない。
安心してワクチンを受けるには、いかなる健康被害についても、因果関係の有無を問わず、速やかに補償が行われる(無過失補償)体制が必要だ。日本の予防接種法における補償は、無過失補償とされてはいるが、緩やかかつ形式的にも因果関係の有無を審議し認定するプロセスを要する。速やかな補償とは言い難い。
米国の予防接種健康被害救済制度(VICP、Vaccine Injury Compensation Program)では、ワクチン1本あたり0.75ドル(混合ワクチンでは含まれるワクチンの種類に比例)の税を徴収し、それを原資に補償を行っている。どのような症状が補償の対象となるかは明確に定められており、公開されている(表)。
さらに、米国にはVAERS(Vaccine Adverse Event Reporting System)という、ワクチン接種後に起きたさまざまな体調変化を本人が申請できる制度がある。そこで蓄積されたデータが分析され、接種開始以前の統計データと比較して偶然とは言えない増加が見られると、新たにワクチンの副反応として一覧に加えられる。VAERSのデータはネットで公開されており、誰もが(反ワクチン研究者でも)アクセスでき、研究に利用して発表することも可能だ。
日本の副反応認定には、VICPのような明確な基準がなく、詳細は非公開だ。VICPやVAERSのように、透明性の担保された仕組みが求められる。副反応の検証を適切に行える体制づくりこそが、ワクチンの信頼につながるはずだ。
国民の信頼が
「最も低い国」のこれから
最後に、ワクチンへの信頼で言うと、英国Wellcome Trustの調査では、日本は「ワクチンに対する国民の信頼度が最も低い国」の一つと捉えられている。
まず知っておいていただきたいのは、ワクチンの「副反応」と「有害事象」は似て非なる概念、ということだ。ワクチン接種後に起きた体調不良は全て、原因に関係なく「有害事象」と呼ばれる。ワクチンが原因である「副反応」も含まれうるが、必ずしもそうとは限らない。
ところが人は、何らかの出来事の原因を、その直前のイベントに求めがちだ。時系列的に因果関係を捉えるのは、経験則に基づいた本能的な作業だが、誤りのもとともなる。「副反応」かどうかは、あくまで統計データに基づき科学的に判断すべきだ。そこに政治が介入すると、しばしば判断を誤る。
HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)は、そうやって政治がダメにしたワクチンだ。日本では、HPVワクチンによる「有害事象」を「副反応」だとして、賠償を求める訴訟が各地で提起されている。
厚労省は、2013年6月にワクチンの積極的接種勧奨(予防接種法で定められたワクチンについて、接種対象者のいる世帯に予診票を郵送すること)を中止し、7年以上も判断を保留したまま再開していない。中止の通知は田村厚労大臣の前任期中に行われたものだが、今回再開するか、それとも、ワクチンで防げるはずの子宮頸がん患者を今後も増やし続けるのか――。
他方、今回のコロナ禍は厚労省にとって、それこそ挽回のチャンスかもしれない。ワクチン接種とそれに伴う想定内外のあんなこと、こんなことにも、ぜひ、きぜんとした態度で臨んでいただきたい。おそらく有害事象は多発する。国として徹底的に救済するのか、あるいはずるずると国民の信頼を失い続けるのか、しっかりと見届けたい。
訂正 第25段落の文意がより正確に伝わるようにするために、段落の最後に以下のように注釈を追記しました。『GMPは(中略)確率は低い。』→『GMPは(中略)確率は低い(※筆者注:かつて日本で起きたワクチン訴訟では、当局に申請したのと異なる製造過程で、副反応を多く起こし、問題視された例がある。ただし、GMPはあくまでも医薬品の製造工程上の品質基準なので、医薬品自体に問題があれば、副反応は避けられないが…)。』(2020年11月20日14:29 ダイヤモンド編集部)からの記事と詳細
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